素粒子奨学会第11回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2016年9月20日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2016年度(第11回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・中村康二氏(国立天文台 特別客員研究員)
 "Recursive structure in the definitions of gauge-invariant variables
  for any order perturbations"
 (Classical and Quantum Gravity vol.31 (2014), 135013)

・疋田泰章氏(立命館大学 特任助教)
 "N=3 higher spin holography and superstring theory"
 (共同研究に基づく書き下ろし)


【講評】
今回は各分野より合わせて11名の応募者があった。本賞は、既に評価の確立した
既発表論文のみならず、未発表の野心的な力作も対等に評価する点が特徴である。
ベテラン研究者はもちろんのこと、若い世代も臆することなく応募してもらいたい。
また、これまでの受賞者の分野を気にすることなく、幅広い分野からの応募を
期待したい。

中村康二氏の受賞論文は、一般相対論におけるゲージ不変摂動の一般論を展開して
いく地道な論文であり、任意の背景時空で高次元まで成立する系統性が特徴である。
宇宙の複雑な構造やその進化は、対応する対称性の高い仮想的背景時空に引き
戻してその差分が考察される。この現実・仮想時空の対応には、一般座標変換
不変な相対論においては任意性(ゲージ自由度)がある。物理的自由度の発展を
正しく系統的に追うために、この任意性のないゲージ不変量を用いて構築された
摂動論が有用である。一様等方宇宙の上の線形までのゲージ不変摂動論は、物質
・時空の揺らぎ生成量を評価するためによく研究されてきた。しかし最近、宇宙
の精密観測が進み精度の高い理論計算が要求されている。

中村氏はこの論文で、一般の背景場で高次項まで系統的に与える摂動論の枠組みを
提案した。そして、4次摂動までのゲージ不変形式を具体的に構成している。更に、
ゲージ不変摂動論が任意の次数まで拡張できることをある仮説のもとに予想して
いる。この仮説は完全にはその正当性が示されていないが、証明の障害となる
論理も明確に把握している。この論文は、一般相対論の専門家である中村氏の
長年にわたる地道で一貫した研究の延長上に位置付けられる。

ゲージ不変摂動論の高次化・精密化を進めて、すぐにはどのように応用があるか
定かではないが、氏が現在進めているように、量子測定における高次摂動論や
重力波観測における時空の精密測定の場面などで有用な解析手法になる可能性が
ある。この系統的なゲージ不変摂動論の応用がこれからさらに広がっていくことを
期待したい。

疋田泰章氏の受賞論文は、AdS時空上で定義される超弦理論とAdS時空の表面上で
定義される共形場理論との間の双対関係を与える「AdS/CFT対応」の検証へ向けた
ひとつの試みとして、拡張された3次元のヴァシリエフ理論と2次元共形場理論の
間の新しい双対関係を提唱した意欲的な論文である。

ヴァシリエフ理論はスピンが2よりも大きい無限個の場を含む理論であり、弦理論
との類似性が注目されている。3次元AdS空間上のヴァシリエフ理論と、ある種の
2次元共形場理論の双対性の例は既に知られていたが、疋田氏らはこれをN=2,3
超対称性およびChan-Paton因子を持つヴァシリエフ理論と、あるcoset modelの
双対性へと拡張した。そして対称性やone-loop分配関数などの比較により、この
新しい双対性を検証した。

疋田氏らの拡張によって導入されたChan-Paton因子は弦理論とYang-Mills理論の
間のAdS/CFT対応において現れるものと類似しており興味深い。また、N=3理論
についてはその対称性を調べることで超弦理論のある特定のコンパクト化と関係
している可能性を疋田氏は指摘している。このような超弦理論とヴァシリエフ理論
との間の比較研究は今後さらに深めるべき課題となるだろう。

他にも、興味深いアプローチだが汎用性などもう一歩議論を深めてほしい論文等
次回の挑戦に期待したいものが複数あった。なお、多くの応募論文・応募書類に
言えることであるが、技術的なまとめだけでなく、結果の物理的意義についても
丁寧に記述することが望まれる。また、複数の既発表論文に基づいて書き下ろす
場合も、単なるダイジェストではなく、1個の論文としてその意義や面白さが
読む者に伝わるよう十分に練ってもらいたい。

【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様
に支えられて、少しずつ歴史を重ね、2nd decadeに入りました。奨学生事業の
時代から長年にわたって趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を
続けてくださっている企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。
また、昨年度から湯川記念財団の後援を得て、安定的な運営を続ける事が
できるようになりました。ここにすべての方へ感謝の意を表すとともに、
今後ともご支援をよろしくお願いいたします。