素粒子奨学会第12回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2017年9月1日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2017年度(第12回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】

・関澤一之氏(Warsaw University of Technology, Research Assistant Professor)
 "Microscopic description of production cross sections including 
  deexcitation effects"(Physical Review C 96, 014615 (2017))


【講評】
今回は、全体で10名の応募があり、原子核理論分野の応募数も回復の兆しがあった。
また、半数以上の応募論文が、未発表や投稿中のものであり、引用数などの形式的
指標に頼らず、自分の自信作でチャレンジしてくれることは頼もしい限りである。

関澤一之氏の受賞論文は、低エネルギー重イオン反応、特に、多核子移行反応の
微視的記述を可能にする理論及び計算法を開発し、実験における個々のフラグメ
ント生成断面積の定量的な再現に初めて成功したものである。原子核反応、特に
低エネルギー反応は量子力学的過程であり、多核子が反応に関与する重イオン反
応の複雑なプロセスを微視的に記述することは、原子核反応論における重要かつ
困難な課題の一つである。関澤氏は、時間依存密度汎関数理論(TDDFT)の数値シ
ミュレーションを基に、この課題に取り組んできた。

TDDFTは、原子核構造から決められたエネルギー密度汎関数を用いて、それ以外
の経験的パラメーターを一切含まない微視的理論であるが、一方で、反応後の状
態をチャネル毎に分析できないという弱点があった。この問題に対し、関澤氏は
シミュレーションで生成されたフラグメントを陽子数・中性子数の固有状態に分
解する粒子数射影法を導入し、重イオン衝突過程における核子移行断面積を個別
に計算可能とした。しかし、これらのフラグメントは励起しており、測定器に到
達する前にさらなる粒子放出が起こると考えられる。これに対しても、それぞれ
のフラグメントの励起エネルギー・角運動量の計算手法を新たに考案し、これを
インプットとして、脱励起過程としての粒子放出の確率を統計模型を用いて評価
した。実験データとの詳細な比較から、この2次的粒子放出を考慮することで、
データ再現性を大きく向上させることができることを示した。多核子移行反応は、
近年、超重元素や中性子過剰核の生成法としても注目を集めており、本研究は、
将来の実験の動向にも波及効果が期待できる。受賞論文は、関澤氏の多核子移行
反応に関するこれまでの研究をさらに深化・発展させており、微視的TDDFT計算
の到達点を示す業績として高く評価できる。

最後に、共同研究に基づく応募に関して注意をしておきたい。優れた共著論文が
ある場合、規定に従って共著者から承諾書をもらい、説明書を付け、自分の寄与を
中心に書きおろして応募すれば、その共著の仕事は正面から評価され得るが、
共著論文から派生した仕事やレビューによる応募は、たとえ単著であっても、
この賞が論文を評価する賞である以上、評価が相対的に下がることを理解して
もらいたい。惜しくも今回複数の論文がこれに該当した。自信作の共著論文は、
堂々と規定に従って共同研究に基づく仕事として応募してくれることを願う。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様
に支えられて、少しずつ歴史を重ね、2nd decadeに入りました。奨学生事業の
時代から長年にわたって趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を
続けてくださっている企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。
また、一昨年度から湯川記念財団の後援を得て、安定的な運営を続ける事が
できるようになりました。ここにすべての方へ感謝の意を表すとともに、
今後ともご支援をよろしくお願いいたします。