素粒子奨学会第13回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2018年9月1日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2018年度(第13回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・西澤篤志氏(名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構 特任助教)
 "Generalized framework for testing gravity with gravitational-wave 
  propagation. I. Formulation"(Phys. Rev. D 97, 104037 (2018))

・山津直樹氏(北海道大学高等教育推進機構 特定専門職員)
 "Special Grand Unification"(Prog. Theor. Exper. Phys. 2017, 061B01)



【講評】
今回は、大学院生も含む10名の応募があり、投稿中(その後掲載決定を含む)
あるいは未発表の論文が半数であった。当然のことながらその時点での引用数の
ような形式的指標は評価の決め手にはならない。心意気を持って書いた自信作を
審査する醍醐味を感じられるのは委員としての喜びである。

西澤篤志氏は受賞論文において、重力波を使った各種重力理論の系統的な検証
のために、あらゆる重力理論が明確に予言する重力波の伝搬に着目した。特に、 
各理論が記述する重力波の伝搬が、物理的に明快な4つのパラメター(散逸、
速度、質量、そして非斉次項)に射影・集約できることを最大限に利用した。
これらは重力波源の種別によらず一般的に得られる情報である。さらに重力波の
宇宙論的距離の伝搬によりごく小さな効果が集積されていく効果も見込まれる。

西澤氏は、WKB法を用いて波動方程式を解いて重力波の波形を解析し、
各パラメターが波形をどのように修正するのかを分析した。さらに、観測から
得られるであろう現実的なデータから、フィッシャー情報量を使う方法で、
それぞれのパラメターがどれほど精度良く求まるかを検討した。また西澤氏は、
本論文に続く新居氏との共著論文において、この枠組みと観測データとを
組み合わせることで、実際にHorndeski理論に対する制限を具体的に与え、
その有用性を示している。

一般相対性理論は現在の殆どの観測事実を正確に記述するが、暗黒エネルギー
解明やインフレーション理論のさらなる可能性を求めて、修正された重力理論が
多数提案されている。一方最近ブラックホール合体などによる重力波が観測され、
正しい重力理論を判別する環境が急速に整いつつある。このようなタイミングで、
実用的で明快な理論の判別方法を真っ先に具体的に示したことは高く評価できる。
将来重力波観測からの重力理論検証の際、本論文は一つの指標となるだろう。


山津直樹氏は受賞論文において、これまで知られていた大統一ゲージ群の正則
部分群への破れを用いる大統一理論ではなく、特殊部分群への破れを用いる
新しいタイプの大統一理論「特殊大統一理論」を提唱した。その際必要となる
新しいリー群の分類表も、これに先立ち、Slanskyの表を拡張して自ら作成して
いた。これは2000ページに及ぶ労作である。

具体的には、SU(16)大統一理論をその特殊部分群SO(10)を基にした大統一理論へ
破る模型を調べた。このときSU(16)の16次元基本表現が、同じ次元のSO(10)
スピノール表現に移行して一世代のクォーク・レプトンを構成する。SU(N)群に
基づく「特殊大統一理論」の場合、世代数が4次元理論のアノマリー相殺条件
から制限を受ける。その結果、SU(16)大統一模型を6次元時空で定義し、
2次元トーラスをオービフォールドコンパクト化すれば、3世代のクォーク・
レプトンを持つSO(10)大統一理論を、4次元時空で構築できることを示した。
特殊部分群を用いた統一理論の応用として、SU(16)が自然に埋め込まれる
SO(32)群のヘテロ型超弦理論への発展が期待される。 

審査委員会が特に評価したのは、先行研究を更に進めたのと全く質が異なり、
山津氏の独創性が際立っている点である。伝統を乗り越え新天地を開拓しようと
する若い世代を激励する本賞の趣旨にまさに合致した論文といえる。

最後に、応募論文の中には、結果が正しければ重要と判断され得る仕事でも、
読み手に論旨が十分に伝わらず、専門家でも理解の難しいものもあった。
若手には、単なる宣伝ではなく、客観的かつ明確にその意義や内容の正当性を
伝える姿勢や技術も磨いてもらいたい。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様
に支えられて、少しずつ歴史を重ねてきました。奨学生事業の時代から長年に
わたって趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださって
いる企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。また、湯川記念
財団の後援のおかげで、安定的な運営を続ける事ができています。ここに全ての
関係者へ感謝の意を表します。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。