素粒子奨学会第15回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2020年10月5日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2020年度(第15回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】

・阿部智広氏(名古屋大学特任助教)
 "The effect of the early kinetic decoupling in a fermionic dark matter model"
 (Phys.Rev.D 102 (2020) 3, 035018)


【講評】

今回の応募者は全体で13名であった。前回は核理論を中心に応募者数が増えたが
(全体で22名)、その傾向が定着するところまでは行かなかったようである。
是非とも広い分野からの積極的な応募を期待したい。

阿部智広氏の受賞論文は、宇宙暗黒物質の残存量の計算において、暗黒物質粒子が
熱平衡に達しない場合の効果を調べたものである。通常、暗黒物質(WIMPの場合)の
残存量計算においては、宇宙初期にWIMPが熱平衡状態にあると仮定し、対消滅と
宇宙膨張の拮抗から残存する量を求めている。WIMPの質量がヒッグス粒子の半分に
近い場合には、共鳴の効果によって対消滅が加速されるので、現在の宇宙の暗黒
物質量を再現するには、結合が弱いことが必要になる。この場合熱平衡の仮定は
必ずしも成り立たない。暗黒物質がスカラー粒子の場合については、この効果は既に
調べられているが、阿部氏はマヨラナフェルミオンをWIMPとするモデルにおいて、
ボルツマン方程式を解いて残存量の精密な計算を行い、この効果がやはり無視でき
ないことを示した。ヒッグス粒子との結合が擬スカラー型であるときは、特に効果が
大きく、暗黒物質粒子の質量によっては、ヒッグス粒子の暗黒物質粒子対への崩壊幅が
一桁大きくなることもある。阿部氏のモデルは超対称標準模型のニュートラリーノ
暗黒物質を単純化したものであり、超対称理論の検証においても今後の研究に対する
インパクトが期待される。

応募論文の中には、極めて丁寧な解析をしっかりまとめた良作や博士課程院生の
力作など、将来が楽しみなものがいくつもあった。一方で、全体的に論文の書き方が、
狭い専門家のみを読者として想定し、用語の定義が不親切であったり、物理としての
狙いが不明確であったり、読者を十分納得させる説明に欠けていたりするものも
目立った。この傾向が続くならば、今後分野の蛸壷化が進行してしまうことを危惧する。
若手の皆さんには、ある程度の広い読者が読みたくなるような論文の書き方を
心掛けてもらいたい。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様に
支えられて、着実に歴史を重ねてきました。奨学生事業の時代から長年にわたって
趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださっている企業の
ご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。また、湯川記念財団の後援の
おかげで、安定的な運営を続ける事ができています。さらには、個人からの貴重な
ご寄付も、素粒子奨学会ひいては若手研究者の未来を支えていくことに貢献しています。
ここに全ての関係者へ感謝の意を表します。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。