素粒子奨学会第16回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2021年9月1日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2021年度(第16回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・小幡一平氏(Max-Planck-Institute for Astrophysics 学振海外特別研究員)
 "New Search Method for Axion Dark Matter Using Birefringence"
 (Phys.Rev.Lett. 121 (2018) 16, 161301 に基づく書き下ろし)

・鈴木良拓氏(バルセロナ大学 博士研究員)
 "Topology-changing horizons at large D as Ricci flows"
 (JHEP 07 (2019) 094 に基づく書き下ろし)

・吉田 豊氏(東京工業大学 特別研究員)
 "'t Hooft surface operators in five dimensions and elliptic Ruijsenaars
  operators"(未発表)


【講評】

今回は、各分野合わせて15名の応募があった。コロナ禍の中、国内外問わず必ずしも
環境が良くない状況にいる若手も多いと察するが、頑張っての応募はとても心強い。
また、若手向け常勤職の任期付きへの転換が進んでいることが、応募者の分布にも
強く反映されている。若手を奨励する事業の大切さを改めて感じる。

小幡一平氏は、受賞論文において、暗黒物質の有力候補の一つであるアクシオンの
新しい探索方法を提案し、その実験を設計した。電磁場に結合したアクシオンは、
左右の偏光に対する位相速度にわずかな差を作る。コヒーレントなアクシオンの振動が
作るこのわずかな速度差を光リング共振器で拡大して観測するという機構である。
このような旋光性の相互作用を通じて、今までファラデー回転を用いた大規模
宇宙磁場探査や、強い磁場を用いたダーク・ニュートリノ探査が研究されてきたが、
この原理をアクシオン探査に適用しようという新しい試みである。小幡氏は、共同研究者と
共にアクシオン振動の微弱な信号を最適に取出す解析をしてリング共振器を基に検出器を
設計した。アクシオンの質量や相互作用などに対して、既存の装置やその改良を
試みることによって、4桁以上も広い探査が可能となることも示した。なお小幡氏の
受賞論文は、藤田智弘氏、道村唯太氏との共著論文を基に書き下ろしたものである。

鈴木良拓氏は、Einstein方程式を時空次元の逆数1/Dで展開する large-D法という
近似法を用いて、Kaluza-Klein ブラックホール・ブラックストリングの静的相転移の
問題に取り組み、この系の Einstein 方程式が Ricci flow 方程式に帰着することを
示した。そして、Rici flow方程式の解析解であるKing-Rosena解が相転移の様子を
記述することを明らかにした。相転移近傍の様子は双円錐(double cone)計量によって
記述されるという予想が Kol によって提案されていたが、その時空には裸の
時空特異点が存在するために数値的手法や既存の近似法で予想の正否を判定する
ことは不可能だと思われてきた。本研究では、既存の large-D 法をアレンジする
ことで、長年の未解決問題を肯定的に解決すると同時に、large-D 法の新たな可能性を
示している。なお、鈴木氏の受賞論文は、Roberto Emparan氏との同名の共著論文に
基づいて書き下ろしたものである。

吉田豊氏の受賞論文では、5次元N=1超対称ゲージ理論のトフーフト演算子の期待値を
局所化の手法で計算した。R^3×T^2上のゲージ理論を考え、R^3では1点に局在した
試験磁荷を導入し、T^2方向には広がっているいわゆる面演算子の期待値を厳密に
計算している。局所化の方法では経路積分の鞍点周りの1ループの計算が厳密な結果を
与えるが、鞍点の決定とその周りの1ループの計算が詳細に説明されているところに
この論文の特徴がある。鞍点の周りの1ループでT^2方向のKKモードの足し上げを
実行することにより、これまで計算されていた4次元や3次元のトフーフト演算子の
楕円変形が現れることを示した。また、オメガ背景のもとではトフーフト演算子の
期待値が可積分系のRuijsenaars-Schneider模型(Calogero-Moser模型の一般化)に現れる
楕円Ruijsenaars演算子と関係することも議論している。計算は技術的に非常に
込み入っており、長年局所化の計算を行ってきた吉田氏だからこそ遂行できたものである。
また、結果は非常に有用で、可積分系との関係を含む数理物理や理論物理の様々な方面へ
の応用が期待できる。

今回は、伝えたいことを丁寧かつ真摯に説明している論文や自分のテーマをしっかりと
積み重ねていて、どこかでブレークを期待したい研究など、今後が楽しみな応募論文が
いくつもあった。大変な状況が続く中、気持ちを切らさず研究に励んでほしい。

【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様に
支えられて、着実に歴史を重ねてきました。奨学生事業の時代から長年にわたって
趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださっている企業の
ご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。また、湯川記念財団の後援の
おかげで、安定的な運営を続ける事ができています。さらには、個人からの貴重な
ご寄付も、素粒子奨学会ひいては若手研究者の未来を支えていくことに貢献しています。
ここに全ての関係者へ感謝の意を表します。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。