素粒子奨学会第17回中村誠太郎賞選考結果報告

2022年9月23日
素粒子奨学会


素粒子奨学会2022年度(第17回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・大下翔誉氏(理化学研究所数理創造プログラム、基礎科学特別研究員)
 "Ease of excitation of black hole ringing: Quantifying the importance of overtones by the excitation factors"
 (Phys. Rev. D 104 (2021) 124032)

・小林良平氏(University of Maryland, JQI postdoctoral fellow)
 "Symmetry-preserving boundary of (2+1)D fractional quantum Hall states"
 (Phys. Rev. Research 4 (2022) 033137)


【講評】

今回は各分野合わせて11名の応募があった。コロナ禍が続く中、今年も審査委員会をオンラインで開催し、論文審査をご担当頂いた多数の外部審査委員の協力のもと、2名の授賞者を決定した。

・大下翔誉氏
ブラックホール連星の衝突合体で生成される重力波から質量やスピンの情報を抽出するためには、準固有振動の基本振動だけでなく高調波の寄与を考慮する必要があることが、Geisler らの数値シミュレーションによる研究を通して明らかにされた。それ以前は、主に減衰時間の最も長い基本振動が注目されていたが、このシミュレーション結果は高調波成分の重要性を認識させた。大下氏は、先行研究で導入された Kerr ブラックホール時空における線形重力波の励起しやすさの指標となる準固有振動励起因子が、この問題に対して本質的であることを見抜き、20番目までの高調波に対してその因子を計算することによって、先の数値シミュレーション結果に理論的な裏付けを与えた。また5番目の高調波の励起因子が特に大きく、ブラックホールの角運動量への依存性が他の高調波と著しく異なっており、その振動数の特異な振る舞いが示されたことは特筆に値する。この結果は、検出された重力波のデータから高調波成分の情報を抜き出すことにより、一般相対論が予言する「Kerr ブラックホールの唯一性」の検証が可能であることを示すもので、ブラックホール物理学の進歩に貢献する成果であると判断した。

・小林良平氏
小林氏の受賞論文は、対称性を持つ(2+1)次元系のトポロジカル相の境界が対称性を保ちつつギャップを持つのはどのような場合かという基本的な問いに対してギャップを持つための必要条件をボソン系及びフェルミオン系について与えたものである。量子多体系においてどのような量子相が存在しうるかを明らかにすることは大きな課題であり、特に近年、量子ホール系に代表されるトポロジカル相の分類が活発に行われている。量子ホール系では、ホール伝導度やカイラル中心電荷がゼロでない場合、その境界はギャップを持つことができないことが知られている。ではどのような場合に量子ホール系の境界がギャップを持つことができるだろうか。小林氏は、受賞論文の中で導出した必要条件をU(1)対称性持つ(2+1)次元フェルミオン系に適用し、境界がU(1)対称性を保ちつつギャップを持つためには、カイラル中心電荷とホール伝導度がゼロであることに加えて、それらの物理量を一般化した高次の量も消えることが条件であることを示した。得られた結果は、基本的な問いに答える普遍的なものであり、また、境界がギャップを持つための障害となる新しい高次の量を発見した本研究は高く評価できる。

今回、授賞には至らなかったものの、今後の発展が期待できる楽しみな応募論文が多数あった。一方、授賞の有力候補となる論文を別に有する応募者が、それと異なる単著論文で応募しているケースも見受けられた。自身の寄与を明確化した上で、共著論文をもとに書き下ろすことも検討していただきたい。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様に支えられて、着実に歴史を重ねてきました。奨学生事業の時代から長年にわたって趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださっている企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。また、湯川記念財団の後援のおかげで、安定的な運営を続ける事ができています。さらには、個人からの貴重なご寄付も、素粒子奨学会ひいては若手研究者の未来を支えていくことに貢献しています。ここに全ての関係者へ感謝の意を表します。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。