近年、宇宙論においては、宇宙の加
速膨張を説明する為のダークエネルギーの起源を明らかにしようとい
うダークエネルギー問題の解決に向けて、多くの重力理論の修正が議
論されています。それらの多くが低エネルギーの有効理論ですが、そ
の量子論的な輻射補正に関する安定性を議論し始めると、その不自然
なパラメータのチューニングの問題がモデルの妥当性を脅かします。
特に、赤外領域における重力理論の変更を考えると、プランクスケー
ルに比べて、圧倒的に低いエネルギースケールにおいて、理論が強結
合になり、予言能力を失うという傾向にあります。このようなモデル
が低エネルギーの有効理論としては意味があるのかという問いに対し
て、より高いエネルギースケールにまで適用可能な理論の枠組みの中
にモデルを埋め込むことができる例を調べることは非常に有用である
と感じます。
重力子が質量を持つモデルの中でも、最近、我々が重力子振動が起こ
ると指摘したモデルのパラメータ領域の低エネルギー現象をみると、
このモデルがある種の5次元ブレーンワールドモデルの低エネルギー
極限に酷似しているということに気づきました。様々な現象論的の
修正重力のモデルが提案され、観測と比較する研究が進んでいます。
今後、一般相対論を超える重力理論の観測的足がかりがつかめてくる
として、果たしてその先に何がわかるのかと考えたとき、どのような
機構でやや不自然に見える低エネルギーの有効理論が、自然に説明され
うるのかという問いは益々重要になってくると思われます。
観測的な重力理論の制限に目を向けると、宇宙論的な精密統計の議論に
加えて、近年重力波を用いた重力理論のテストが可能になってきました。
重力理論のテストに重力波データを用いるには、波形の理論予測が必要
となりますが、連星系からの重力波波形が修正重力の枠組みで十分に調べ
られているとはとても言えない現状です。また、ノイズが大きいデータから
重力波の微弱な信号を見つけ出すには、様々な工夫が必要となります。
現状では計算機コストによって可能な解析が制約される側面もあります。
機械学習を応用した高い効率の新しい信号検出方法や、重力理論のテスト
の方法を提案し、実際のデータに適用していく研究も進めています。
インフレーション宇宙における赤外発散の問題は、ループ補正を無視して
いる範囲では問題にならないため、軽視されがちです。しかしながら、
インフレーション宇宙のアイデアが生みだされた1980年代にさかのぼって考える
と、同じような状況にあったように思われます。
一般的に、一様性問題や平坦性問題はビッグバン宇宙論のほころびとして
指摘され、インフレーションという考え方に向かうきっかけとなったと
されています。しかし、その当時、
宇宙の初期条件が何らかの機構で宇宙が生まれたと同時に、
一様性問題や平坦性問題を解決するように適当に選ばれていただけのこ
とであろうと考えていた研究者は少なくなかったと想像します。赤外
発散の問題は、まさにこのような次なる飛躍へのヒントを与えてくれる
ものではないかと考えて研究を進めています。
これまでの我々の研究では、当初から予想していたように、多くの赤外発散
の問題が実際の観測量は何であるかをきちんと考慮していなかったこと
に起因していることが明らかになってきました。その一方で、状態の
選び方に少なくとも見かけ上は制限をつけないと赤外発散を除けない
といった、予想外の結論も導き出されてきました。
これまでにも、極端な主張の例として、重力波摂動が大きな赤外
補正を生みだし、宇宙項の遮蔽や結合定数の永年的といった劇的なモ
デルの変形を導くという主張があります。このような主張の根拠を疑う
論理の弱点は多々見られますが、明白にそのような劇的な現象の可能
性を否定するには至っていません。しかし、これらの現象の有無に関
しては、実際の観測量は何であるのかという観点で研究を進めること
で、着実に明確な答えに辿りつけるものと確信しています。
最近の成果としては、Large gauge transformationというキーワード
のもとに、赤外発散から、consistency relation, δNフォーマリズム、
断熱モードといった様々な概念が密接に結びついていることが明らかに
なってきました。私自身、1990年後半にδNフォーマリズム確立において、
鍵となる論文を佐々木節氏と共同で発表し、その後もその応用に関する
研究を折に触れて行なってきました。最近、再び、このフォーマリズム
の拡張に関する研究を行ない、これまで適用できなかった重力波モード
やベクトルインフレーション、超スローロールインフレーションにまで
適用限界を広げてきています。
ストリングアクシオンは暗黒物質の候補のひとつとなっています。 一部
の質量範囲では、回転するブラックホールの周りに発達するアクシオン雲
を作り、そのような粒子の存在の証拠をもたらす可能性があります。 ア
クシオン雲を精査する方法はいくつかあります。 1つはブラックホールの
スピンと質量の分布を調べる方法であり、もう1つは雲からの重力波信号を
直接検出する方法です。 間接的に、連星合体の波形がアクシオン雲の存在
によって修正される可能性もあります。 それまで、多くの研究が
自己相互作用を無視したアクシオンに関するものでしたが、自己相互
作用は一般には無視できず、ひとたび取り入れるとなると、アクシオン雲の
発展の全体像が大幅に変わる可能性がありました。 アクシオン雲の成長は、
ブラックホールの動的時間スケールやその周りの摂動の時間スケールに比べ
てかなり遅いため、数値シミュレーションの標準的な方法で、アクシオン雲
の生成から最終状態までの進化を追跡することは非常に困難です。この困難
をうまく回避する方法を私たちは確立し、様々な状況でのアクシオン雲の
進化を調べてきています。最近の結果では、連星系においてボーズノバと
呼ばれるアクシオン雲の爆発現象が起こるパラメータ領域が存在すること
を明らかにしました。
連星系の軌道の発展に向けた理論的研究は重力波観測から重力理論を
検証しようとする際には必要不可欠であり、ポストニュートン近似と
ブラックホール摂動の両面から研究が進められてきています。ブラッ
クホール摂動による軌道発展は特に質量比が大きな巨大ブラックホー
ルと、そこに落ち込むコンパクト星の系において有効な近似法であり、
この系はブラックホール時空の計量を重力波を通じて測定するという
目的には最も適した系だと考えられています。ブラックホール摂動に
よる軌道発展の研究は、1996年の我々の論文を契機にスタートしたと
言えますが、その後の進展は決して直線的なものではありませんでし
た。その難しさは、発散している自己場を正則化して評価することの
技術的困難さに尽きるといえると思います。
これまでの多くの研究では、自己場に依る力、すなわち、自己力を直
接評価する発想に立って進められてきました。なぜなら、自己力が直
接評価できたならば、必要な物理量はそこから必ず計算できるからで
す。しかしながら、自己力という量は実はゲージ(時空を記述する座
標の選び方)に依存する量であっ
て、その長時間平均から導かれるゲージ不変量が本来我々の評価した
い物理量です。このような発想にたつと、自己力の質量比に関する最
低次の効果は正則化の問題を完全に回避して評価できることがわかり
ます。断熱近似によって我々が得たカーター定数の永年的時間変化の
表式もこの考え方に基づくものです。我々の得た表式は直接に自己
力を計算するよりはるかに簡便で、かつ、高い精度で軌道の長時間発
展を追跡することを可能にします。この考え方は質量比に関する次の
オーダーで現れる共鳴軌道におけるカーター定数の時間変化への
拡張にも部分的に成功をおさめています。
さらに、この発想を発展させることで、質量比に関する次のオーダー
に関しても簡便なゲージ不変量を評価することで軌道の発展が見積も
れる可能性があります。事実上、これが質量比の大きな連星系の観測
と理論の比較の上で、さらに高次の効果は判別不能であるため、この
オーダーが必要とされる全てだと考えられています。最低次の計算
において明らかになったように、観測量が何であるのかということに
着目して計算のスキームを構築することによって、大幅に必要とされ
る計算量が圧縮されると期待しています。そうなれば、将来的に理論
テンプレートを作成する標準的方法となると考えています。
Braneworldは余剰次元のコンパクト化の新しいシナリオです。
このシナリオでは、余分な次元の広がりがプランクの規模と比較して、
大きいと仮定します。通常のカルザ-クラインコンパクト化のスキームでは、
大きな余剰次元の存在は、多くの軽い粒子の存在(それは実験的に否定される)
を意味します。しかしながら、最近、braneと呼ばれる低い次元のオブジェクト
に通常の物質場が局在されているというシナリオの可能性に気付きました。
その場合には、braneに垂直方向の空間の広がりが通常の物質場には
感じられません。したがって、比較的大きな余剰次元をもった高次元の
モデルを考えても、モデルは観測と矛盾しないかもしれません。
他方では、時空は高次元に広がっているので、重力はバルクと呼ばれる
高次元時空中を伝播します。幸運にか、不運にか、重力は非常に弱いため、
通常のニュートンの法則からのずれは、サブmmスケール以下では厳しく
テストされていません。
我々は、
RS II モデルやDGPモデルを中心にブレーンワールドでの重力理論に
ついて調べ, 一般相対論からのずれがどのように現れるのかを
明らかにしてきました。
我々が進めてきた研究の別の側面はbrane力学への量子補正に関するものです。
Casimir力が2枚の並列のプレート間に発生することはよく知られた事実ですが、
同様の現象がbraneworldの情況設定でも起こります。この力は、braneの間の
距離を安定させる役割を果たしている可能性があると考えられています。
RS IIモデルは等価なモデルとして多数の強結合CFTが存在する4次元のモデル
を考えることができます。そのため、RS IIモデル上のブラックホールは通常
よりもHawking放射の効率が高く、短い時間で蒸発してしまうと予想されますが、
実際には静的なブラックホール解が得られています。そのような解の存在は
強結合の効果でブラックホールが蒸発しないという状況が可能であることを
意味しており、大変興味深い系となっています。