領域の概要
研究の背景
当研究領域が研究の対象とするのは素粒子物理学の基礎を形づくる、場の理論・ 弦理論の動力学的な性質である。この研究の具体的内容をあげると、量子重力の ダイナミクスと超弦理論による素粒子の統一理論、場の量子論の基礎と純粋数学 から物質科学にまでおよぶ広い応用、弱電磁相互作用からのハドロン物理・格子 ゲージ理論にいたる標準模型の基礎的および現象論的研究、標準模型から超弦理 論にいたる種々の素粒子模型の宇宙論への影響および宇宙論からの制限の研究、 などに関する幅広い有機的な対象である。
これらの研究は表面的には一見、かけはなれた種々雑多な現象の集まりに見える が、場の理論・弦理論のダイナミクスを解明していくという、きわめて一般的か つ統一的な研究作業に集約される。20世紀における物理学の発展は、上にあげた ような一つの分野における発見が、場の理論および弦理論の理解を深め、それを とおして、一見異なる他の分野における発見をうながすという、積み重ねであっ たといっても過言ではない。21世紀を迎えたいま、このような発展はますます加 速され、新しい科学の建設に向けて爆発的な進歩のきざしがみえている。

当研究では研究班の組織化の便宜上、研究項目を大きく4つに分けたが、各項目 は各々孤立したものではなく、それぞれの分野は独自の発展をくりかえしながら も、常に他の分野の発展をとり入れ、また、他の分野の発展をうながしていると いう関係にある。このように分野間相互の関係を理解した上で、各項目の研究内 容に関して以下に記述する。
超弦理論と量子重力のダイナミクス
現在の素粒子物理学に課せられた最大の課題の一つは、プランクスケールの時空 構造を研究し、素粒子の究極の統一理論を作ることである。このような統一理論 として最も有力視されているのが超弦理論である。超弦理論が Theory of Everything として脚光をあびたのは 1984年のことであり、大きなブームになっ たが、そのブーム自身は 3〜4年で終わった。その時にわかったことは、超弦理 論は、重力を含む統一理論として、おそらく唯一の矛盾のない理論であるが、現 実の時空次元やゲージ群、クォーク・レプトンの質量などを説明してみせるに は、摂動論にもとづいて作られた従来の定式化では不十分であり、摂動論によら ないより根源的な定式化を完成させる必要があるということであった。
それ以来、10年以上にわたって超弦理論における非摂動効果の性質を解明し、摂 動論によらずに厳密に超弦理論を構成しようという試みがつづけられてきた。こ れは本質的で非常に興味深い反面、難しい問題である。しかし、この 5〜6年の 発展により、D-brane や duality、 AdS/CFT 対応など超弦理論における非摂動 効果の解析が進み、また、非可換幾何学による時空の記述や行列模型による超弦 理論の構成的な定式化などが発見され、それもついに最終段階にさしかかってい るように思われる。まだまだ解決しなければならない問題もあるが、これが完成 すれば、なぜ我々の時空が 4次元であったかをはじめとして、すべての基本法則 が一つの原理から導き出されることになり、人類がその歴史の中で営々と積み重 ねてきた営みのひとつが一段落することになると思われる。
場の理論とその現代的応用
伝統的な局所場の理論は素粒子物理において長い歴史を持っているが、最近の超 弦理論の発展によっても、その重要性は減少するどころか、ますます増大してき ている。従来も、場の理論の手法は純粋数学から物性理論にいたるまで広く応用 され、成果を上げてきていたが、最近顕著なのは、場のダイナミクスをいろいろ な立場から現代的手法を用いて解析し、さまざまな問題に応用することにより、 場の理論に対する理解をさらに深めていこうという傾向である。具体的には、超 対称ゲージ理論を、ハドロン物理におけるクォークの閉じ込めから、位相幾何学 における種々の位相不変量にいたるまで、幅広く応用することにより、超対称 ゲージ理論のダイナミクスを統一的に理解することが可能となる。また、非可換 時空上の場の理論は、超弦理論における真空の構造から固体物理における量子 ホール効果にいたるまで広く応用できるが、そのような幅広い応用をとおして、 場の理論と行列模型の関係などの多彩な側面が明らかになってくるのである。
このように場の理論の新しい見方を構築していくことは、また、場の理論に残さ れた正統的な問題の解決にとっても重要である。有限温度の場の理論、強結合に おける場のふるまいの解析、カイラルフェルミオンの問題、くりこみ群の精密な 定式化など、場の理論の正統的な問題にも、上のような新しい視野を加味して分 析、解明していくことが進められている
標準模型と格子ゲージ理論
標準模型によって自然がどの程度うまく記述されているかをひきつづき検証して いくのも重要である。その一つが CP 対称性の破れの考察である。素粒子論の発 展において対称性の考察が重要である事は言を待たないが、特に CP 対称性の破 れの考察が与える影響は非常に大きい。実際、当研究領域分担者の小林と益川に より提唱された KM 模型は、3世代を持つ素粒子の標準模型として確立されてい る。CP の破れは parity の破れに比べて小さな破れであり、その分、物理の微 妙な違いに敏感である、という特徴がある。すなわち、標準模型を越える物理、 いわゆる「新しい物理」の様々な理論に敏感であると言え、CP の破れの解析は 新しい物理のあるべき姿を探る有力な手段となっている。高エネルギー加速器研 究機構における B ファクトリーは世界中から注目されており、 KM 模型の検 証、さらには新しい物理の発見につながると期待されている。
ハドロンの物理も場のダイナミクスの発展にとって不可欠である。物質を構成す る基本粒子はクォークであり、グルーオンが仲介する強い相互作用によって陽子 や中性子の内部に閉じ込められている。強い相互作用を支配する法則は量子色力 学と呼ばれる場の理論であると考えられており、そのダイナミクスを定量的に理 解するのは素粒子物理学の最も重要な課題の一つである。この目的のためには、 ハドロンの質量など種々の物理量を計算する必要があるが、相互作用が強いため 量子電気力学で成功した摂動論的な研究をすることは出来ない。非摂動論的な研 究を可能にしたのが格子量子色力学であり、格子上に量子色力学を定義し自由度 を有限にすることにより数値的方法によって物理量を定量的に研究出来るように なってきた。具体的には、動的クォークの効果を取り入れた数値シミュレーショ ンや、弱い相互作用を記述するオペレータのハドロン行列要素の計算などが計画 されている。筑波大学計算物理学研究センターでは、場の理論研究のために独自 に開発した専用計算機 CP-PACS を用いた研究をつづけており、また高エネル ギー加速器研究機構計算科学センターにおいても大型汎用計算機の更新を行ない 新たな研究プロジェクトの準備を整えている。
また、数値的なアプローチとは相補的なものとして、閉じ込めの機構を定性的に 理解し、低エネルギーでの有効理論を構成したり、摂動論的量子色力学の適用限 界を広げていく可能性を試みることも大切であり、精力的に研究がつづけられて いる。
素粒子論的宇宙論
素粒子論と宇宙論との有機的な関係も今後重要になっていくと思われる。これま で素粒子論と宇宙論との総合的な議論はあまり活発には行われてこなかった。し かし Tevatron Run II や LHC といった大型加速器実験を間近に控え、さらに宇 宙背景放射の非等方性の精密測定や宇宙暗黒物質の探索がすでに行われている現 在、素粒子模型と宇宙論とを包括的に議論することは、新たな素粒子模型及び宇 宙模型を作る上だけでなく、将来の実験計画を立てる際にも重要である。具体的 には、近い将来の素粒子実験や宇宙論的観測が標準模型を越える物理に対して与 える制約について調べ、様々な模型が実験的にいかに検証されるかを議論し、ま た、逆に、標準模型を越える物理によって宇宙進化のシナリオがどのように変更 を受けるかを議論することが重要である。特に、バリオン数生成やインフレー ションのダイナミクス、更に宇宙暗黒物質の起源といった宇宙論的に未解決の問 題は、電弱相互作用の破れの物理と密接な関係にあると信じられているが、その ダイナミクスの詳細は不明であり、基礎物理学の観点からも興味のある問題であ る。さらに、様々な実験や観測から得られる情報を用いて、新たな素粒子模型及 び宇宙模型を構築していくのも重要である。
以上に述べた場の理論・弦理論の発展に対して、日本人研究者が果たしてきた役 割は非常に大きい。枚挙するには多すぎるが 1960 年以降の主要なものを見てみ ると、
(1) 菅原による場の理論の代数構造の発見、 (2) 猪木--松田によるデュアリティの発見、 (3) 南部による弦理論の発見、 (4) 崎田--Virasoro による弦の摂動論、 (5) 岩崎--吉川による superstring の定式化、 (6) Kaku--吉川による光錐弦の場の理論の定式化、 (7) 米谷による弦理論と重力の関係の樹立、 (8) 畑、伊藤、九後、国友、小川による共変的弦の場の理論の構成、 (9) 小林--益川による CP 非保存の理論、 (10) Bardeen--Buras--Duke--牟田による QCD の基本定数の分析、 (11) 吉村による宇宙初期におけるバリオン数生成の理論、 (12) 藤川による anomaly の説明、 (13) Nielsen--二宮による格子上の chiral fermion の解析、 (14) Distler--川合による2次元量子重力の厳密解、 (15) 石橋、川合、北沢、土屋による超弦理論の行列模型を用いた構成的な非摂動的定義
など、理論の発展の 節目で大きな役割を果たした研究が多い。
このように、研究領域の研究に関してわが国は高い水準を持ち、世界をリードし てきたと言える。この領域の研究を重点的積極的に行うことにより、素粒子物理 学の新しい発展をわが国から発信していくことができる。また、現在この研究領 域はその発展段階のピークにさしかかっており、研究の一層の発展が期待でき、 宇宙物理学、物性物理学、情報科学、数学など科学のさまざまな分野の最先端と 融合しながら、21世紀の新しい科学としてさらなる進化をとげようとしている。 こうした観点からも、この領域の研究を積極的に行うのは非常に実り多いもので ある。
当研究領域の国内・外の研究状況
当研究領域および関連する領域の研究は、現在素粒子物理学において最も中心的 に研究が行なわれている課題であり、国内および国外で激しい研究競争が進行し ている。この数年間の超弦理論と場の理論の発展は目を見張るほど著しいものが あり、それらの一部は、新聞や科学雑誌においても報道されている。
日本国内においては基礎物理学研究所を中心に超弦理論と場の理論をテーマとす る研究集会が数多く開催されている。海外においては、素粒子物理学と数理物理 学の国際的な研究センターである米国・サンタバーバラ理論物理学研究所やプリ ンストン高等研究所、カリフォルニア工科大学、カリフォルニア大学バークレー 校、イタリア・トリエステ国際理論物理学国際センター、セルン(ヨーロッパ中 央原子核合同研究所)などにおいて超弦理論と場の理論に関する滞在型長期研究 集会やワークショップが多数開催されており、それらには、日本から多くの研究 者が招へい・参加している。また韓国のアジア太平洋理論物理学センターや韓国 理論物理学高等研究所においても多数の日本人が組織委員や参加者となった超弦 理論と場の理論の研究集会・国際会議が開かれている。
特定領域研究を推進するにあたっての基本的考え方
研究項目
当研究領域は、素粒子物理学の中心的課題であり、更に宇宙物理学、数理物理 学、数値計算物理学、統計物理学等の多くの分野と密接に関連している。そのた め当研究では、各々の研究分野がそれぞれ固有の研究目標を追求すると同時に、 各研究を有機的に関連・連携させて研究を進めることが特に重要で、研究の飛躍 的な発展の鍵となる。このような考え方から以下のような研究項目を設定した。 これら各分野の間に緊密な研究交流と日常的なコミュニケーションを図り、超弦 理論と場の理論の一層の研究の発展・深化を目指す。研究活動の基本的な単位は 少人数からなる班のメンバーが適時に集まって行う共同研究である。そこで得ら れた研究成果を発表し、他の班との研究交流を図るため、中規模の研究集会を随 時開催し、関連分野の研究者からの意見を得て共同討論を行う。このような研究 活動を円滑に行い、更に研究体制を支障なく運営する目的で総括班を設け、当研 究領域の研究計画の効果的な実施を図る。
主要な研究項目は以下にかかげる通りである。
A.「超弦理論と量子重力」 B.「場の理論とその現代的応用」 C.「標準模型・格子ゲージ理論」 D.「素粒子論的宇宙論」
研究組織
総括班(整理 No.1) :総括班は次の構成とする。
班長 | 二宮 正夫 | 京都大学基礎物理学研究所 | 教授 |
川合 光 | 京都大学理学研究科 | 教授 | |
菅原 寛孝 | 総合研究大学院大学 | 教授・理事 | |
益川 敏英 | 京都産業大学理学部 | 教授 | |
岩崎 洋一 | 筑波大学物理学系 | 教授 | |
藤川 和男 | 日本大学理工学部 | 教授 | |
小林 誠 | 高エネルギー加速器研究機構 | 教授 | |
湯川 哲之 | 総合研究大学院大学 | 教授 | |
米谷 民明 | 東京大学総合文化研究科 | 教授 | |
東島 清 | 大阪大学理学研究科 | 教授 | |
総括班は当領域研究の実施期間の6年間の間に次の各研究班の間の緊密な研究交 流の調整をはかる。そのために研究会、研究成果報告会などの研究集会を企画・ 実施し、国際的な研究集会に際しては、外国人講師の招へい等を行う。更に研究 活動の報告書を適宜出版する。
計画研究班:計画研究班の構成は以下のように行う。
研究項目 A. 「超弦理論と量子重力」
計画班A1 (2): 「行列模型を用いた超弦理論の非摂動効果の研究」 北沢 良久 (代表者)、 計画班A2 (3):「超弦理論の時空構造と対称性」 米谷 民明 (代表者)、 計画班A3 (4):「超弦理論による素粒子の統一理論と時空構造」 二宮 正夫 (代表者)、 計画班A4 (5):「超弦理論の代数的及び幾何的構造の解析」 上原 正三 (代表者)、 計画班A5 (6): 「弦理論におけるブラックホールと非摂動的定式化の研究」 藤崎 晴男 (代表者)、 計画班A6 (7): 「超弦理論に現れる様々なブレーン及び真空の行列を用いた記述とその有効性の研究」 郷六 一生 (代表者)
研究項目 B. 「場の理論とその現代的応用」
計画班B7 (8): 「素粒子論および物性理論における場の理論の諸問題の現代的研究」 河本 昇 (代表者) 計画班B8 (9): 「非可換空間上の場の理論とその応用」 江澤 潤一 (代表者) 計画班B9 (10): 「ゲージ場の量子論におけるフェルミ粒子とソリトン」 藤川 和男 (代表者) 計画班B10 (11): 「有限時空系の場の量子論と量子系のダイナミクス」 大場 一郎 (代表者) 計画班B11 (12): 「場の理論における Wilson くりこみ群と対称性の実現」 五十嵐 尤二 (代表者) 計画班B12 (13): 「ゲージ場の理論の非摂動的解析方法の開発と応用」 青木 健一 (代表者) 計画班B13 (14): 「物質場と重力における対称性とトポロジー」 東島 清 (代表者) 計画班B14 (15): 「対称性の自発的破れを持つ系と非摂動論的方法」 柏 太郎 (代表者)
研究項目 C. 「標準模型・格子ゲージ理論」
計画班C15 (16): 「大規模数値シミュレーションによる格子量子色力学の研究」 岩崎 洋一 (代表者) 計画班C16 (17): 「ゲージ場の理論の非摂動論的理解への解析的アプローチ」 藤原 高徳 (代表者) 計画班C17 (18): 「CPの破れと標準模型を越える物理」 小林 誠 (代表者) 計画班C18 (19): 「強結合場の理論の摂動的および非摂動的解析」 中村 純 (代表者) 計画班C19 (20): 「数値的手法にもとづいたゲージ理論の非摂動的効果の解明」 鈴木 恒雄 (代表者) 計画班C20 (21): 「超対称ゲージ理論の非摂動ダイナミックスに基づくフレーバー物理」 安江 正樹 (代表者)
研究項目 D. 「素粒子論的宇宙論」
計画班D21 (22): 「電弱対称性の破れのダイナミクスと、その宇宙論への応用」 吉村 太彦 (代表者)、 計画班D22 (23): 「ダークマターの測定とその構造の解明」 表 実 (代表者)、 計画班D23 (24): 「超弦理論の宇宙論による検証」 細谷 暁夫 (代表者)、 計画班D24 (25): 「弱電磁理論における非摂動効果とバリオン数生成」 青山 秀明 (代表者)、 計画班D25 (26): 「スカラー場のダイナミクスとそれを背景とするバリオン数生成」 豊田 文彦 (代表者)、
特定領域研究の内容
研究領域の研究の具体的な内容
当研究では組織の便宜上、研究項目を 4つに分けたが、各項目は孤立したもので はなく、個別のテーマを深めながらも、常に他の分野との連携が大切であり、研 究会等をとおして実現していく予定である。このような分野間相互の関係をふま えた上で、具体的な研究内容を以下に述べる。
現在の素粒子物理学に残された最大の課題の一つは、プランクスケール(〜10の (-33)乗cm)の時空構造を明らかにし、素粒子の究極の統一理論を作ることであ る。最も有力視されているのが超弦理論で、これまでのところ唯一の無矛盾な量 子重力理論と考えられている。しかしながら、超弦理論には無限に多くの摂動論 的に安定な真空がある、という重大な欠陥がある。現実の時空の次元数 4 や ゲージ群、クォーク・レプトンの質量などを説明してみせるには、摂動論にたよ らない、より根源的な定式化を完成させる必要がある。そのためには、量子重力 や超弦理論のこれまでの成果を多面的にとらえ、様々な知見を総合的に発展させ ることが不可欠である。具体的には、重力場のダイナミクスの準古典的な解析に はじまり、D-brane や duality、AdS/CFT 対応など超弦理論における非摂動効果 の解析、非可換幾何学による時空の記述、さらには弦の場の理論や行列模型によ る超弦理論の構成的な定式化など、幅広く専門家が集まり、プランクスケールに おける時空構造を明らかにし、それから得られる素粒子の統一的描像について様 々な側面から理論の構築を試みる。
一方、伝統的な局所場の理論は素粒子物理学において長い歴史を持っているが、 最近の超弦理論の発展によっても、その重要性は減少するどころか、ますます増 大してきている。従来より、場の理論の手法は純粋数学から物性理論にいたるま で広く応用され、成果を上げてきていたが、最近顕著なのは、場のダイナミクス をいろいろな立場から現代的手法を用いて解析し、さまざまな問題に応用するこ とにより、場の理論に対する理解をさらに深めていこうという傾向である。当申 請領域では、具体的には、超対称ゲージ理論をハドロン物理から位相幾何学まで 応用することや、非可換時空上の場の理論を超弦理論から物性物理にいたるまで 応用することなど、幅広い応用をとおして、場の理論の多彩な側面を明らかに し、場の理論の新しい見方を構築していく。また、有限温度の場の理論、強結合 における場のふるまいの解析、カイラルフェルミオンの問題、くりこみ群の精密 な定式化など、場の理論に残された正統的な問題も重要であり、上記のような新 しい視野も加味して分析、解明していくことをめざす。
また、標準模型によって自然がどの程度うまく記述されているかを引き続き検証 していくのも重要である。その一つがCP対称性の破れの考察である。素粒子論の 発展において対称性の考察が重要であることは言を待たないが、特に CP 対称性 の破れの考察が与える影響は非常に大きい。実際、当研究領域の小林と益川によ り提唱された KM 模型は、3世代を持つ素粒子の標準模型として確立されてい る。 CP の破れは parity の破れに比べて小さな破れであり、その分、理論の微 妙な違いに敏感である、という特徴がある。すなわち、標準模型を越える物理、 いわゆる「新しい物理」の様々な理論に敏感であると言え、CP の破れの解析は 新しい物理のあるべき姿を探る有力な手段となっている。具体的には、まず標準 模型の範囲内で CP の破れを解析する際に現れる残された問題に取り組み、次に 標準模型を越える新しい物理として既に提唱されている理論の予言を解析し、更 に進んで CP の破れを説明しうる新しい理論の構築を試みる。
ハドロンの物理も場のダイナミクスの発展にとって不可欠である。物質を構成す る基本粒子はクォークであり、グルーオンが仲介する強い相互作用によって陽子 や中性子の内部に閉じこめられている。強い相互作用を支配する法則は量子色力 学と呼ばれる場の理論であると考えられており、そのダイナミクスを定量的に理 解するのは素粒子物理学の最も重要な課題の一つである。この目的のためには、 ハドロンの質量など種々の物理量を計算する必要があるが、相互作用が強いため 摂動論的な計算は出来ない。非摂動論的な研究を可能にしたのが格子量子色力学 であり、自由度を有限にすることにより数値的方法によって物理量を定量的に研 究出来るようになってきた。具体的には、動的クォークの効果を取り入れたシ ミュレーションや、弱い相互作用を記述するオペレータのハドロン行列要素の計 算などが計画されている。また、数値的なアプローチとは相補的なものとして、 閉じ込めの機構を定性的に理解し、低エネルギーでの有効理論を構成したり、更 には摂動論的量子色力学の適用限界を広げていく可能性も試みる。
素粒子論と宇宙論との有機的な関係も今後重要になっていくと思われる。これま で、素粒子論と宇宙論との総合的な議論はあまり活発には行われてこなかった。 しかし Tevatron Run II や LHC といった大型加速器実験を間近に控え、さらに 宇宙背景放射の非等方性の精密測定や宇宙暗黒物質の探索がすでに行われている 現在、素粒子模型と宇宙論とを包括的に議論することは、新たな素粒子模型及び 宇宙模型を作る上だけでなく、将来の実験計画を立てる際にも重要である。具体 的には、近い将来の素粒子実験や宇宙論的観測が標準模型を越える物理に対して 与える制約について調べ、様々な模型が実験的にいかに検証されるかを議論し、 また、逆に、標準模型を越える物理によって宇宙進化のシナリオがどのように変 更を受けるかを議論する。特に、バリオン数生成やインフレーションのダイナミ クス、更に宇宙暗黒物質の起源といった宇宙論的に未解決の問題は、電弱相互作 用の破れの物理と密接な関係にあると信じられているが、そのダイナミクスの詳 細は不明であり、基礎物理学の観点からも興味ある問題である。さらに、様々な 実験や観測から得られる情報を用いて、新たな素粒子模型及び宇宙模型を提唱す ることもめざす。
研究項目の研究内容
研究項目A「超弦理論と量子重力」
行列模型による超弦理論の非摂動的定式化をはじめ、時空の不確定性と対称性、 時空の代数的及び幾何学的構造、ブラックホールとエントロピー、D-brane、 M-theory 等の研究を行ない、素粒子の究極の統一理論をめざす。
研究項目B「場の理論とその現代的応用」
局所場の理論の位相幾何学から物性物理にまでいたる広い応用をはじめ、非可換 空間上のゲージ理論、カイラルフェルミオン、ソリトン、有限時空系の場の量子 論、くりこみ群と対称性、ゲージ場の非摂動的解析方法の開発、対称性とトポロ ジー、自発的破れを持つ系に対する非摂動論的方法の開発等の研究を行なう。
研究項目C「標準模型・格子ゲージ理論」
CP の破れを手がかりとして標準模型を越える物理をさぐり、また、数値的手法 にもとづいたゲージ理論の非摂動的効果の解明、大規模数値シミュレーションに よる格子量子色力学の研究、強結合場の理論の摂動的および非摂動的解析、超対 称ゲージ理論の非摂動ダイナミックスに基づくフレーバー物理等、標準模型とそ の拡張の可能性を探る。
研究項目D「素粒子論的宇宙論」
電弱対称性の破れのダイナミクス、ダークマター、ブレーンワールド、バリオン 数生成の問題等、宇宙論が素粒子物理に対して与える制約について調べ、また、 逆に、標準模型を越える物理によって宇宙進化のシナリオがどのように変更を受 けるかを議論する。
領域代表者及び事務担当者
領域代表者
二宮 正夫 京都大学基礎物理学研究所 教授
事務担当者
川合 光 京都大学大学院理学研究科 教授