大西明先生の御紹介


 大西先生は、1992年に京都大学大学院理学研究科博士課程を修了され、1992年学振特別研究員、1993年北海道大学助手、1994年同講師、2000年同助教授などを経て、2008年より京都大学基礎物理学研究所教授となられ、研究・教育に尽力されました。

 大西先生は、原子核物理学の広範な分野において、長年にわたって研究、教育に努められました。原子核・素粒子物理学に関する低エネルギーから高エネルギーに及ぶ幅広い物理現象を研究対象とし、特に計算機を用いた数値的研究手法を得意とし、複雑な原子核反応に対する精密数値シミュレーションという新しい学問の流れを築かれました。幅広い現象、理論に精通し、種々の実験を対象とした現象論的理論研究を得意とする一方で、格子量子色力学の強結合展開を用いた高密度系の相転移研究や、古典ヤンミルズ理論の数値計算といった純理論的分野でも数々の先駆的な業績を挙げられました。それらの成果は、学術論文120編以上および研究会報告80編以上の著作として公表され、関連分野に大きな発展をもたらしました。

 具体的な業績としては、現象論的研究では、原子核構造および重イオン衝突実験における数値的手法の開発と洗練において数多くの先駆的な業績を残されました。原子核構造を記述するための量子分子動力学およびその発展版である反対称化分子動力学(AMD)の黎明期に理論的整備やコード開発を行ったほか、分子動力学模型を相対論化し、高エネルギー原子核反応への適用を可能とした模型JAMを共同研究者と共に開発されました。現在、AMDは原子核構造研究、またJAMは高エネルギー原子核反応研究に不可欠な基盤となっていいます。それ以外にも、重イオン衝突実験で測定される二粒子相関関数からハドロン間相互作用を決定する方法論や、粒子生成量とハドロン構造との関連付けといった、実験データ解析における画期的な提案を次々と行い、重イオン衝突実験の新たな地平を切り拓かれました。大西先生の提案に基づく実験解析は、現在LHC-ALICE実験など世界各地の研究拠点で先を争って行われています。その一方で、格子場の理論の数値解析においても、強結合展開に基づく相構造の解析や、符号問題と呼ばれる未解決問題に対し、機械学習の手法を適用した研究などの独創的で先駆的な研究成果を挙げられました。さらに、伏見関数を用いて古典ヤンミルズ理論のエントロピー生成を論じた研究や、相対論的平均場理論による高密度核物質の状態方程式の解析、超新星爆発における粒子生成、中性子星内部で実現する超高密度物質の状態方程式の研究など、極めて幅広い研究分野で顕著な業績を挙げ、その後の学問的流れを作りました。

 また大西先生は、高エネルギー加速器研究機構運営会議、大阪大学核物理研究センター運営委員会などの委員、日本物理学会、J−PARC、北海道大学、湯川記念財団、兵庫県西宮市西宮湯川記念事業などの選考委員会委員など、数多くの委員を歴任されました。さらに、京都大学基礎物理学研究所では副所長および国際滞在型プログラム実行委員長などの重要な職務を歴任し、所の発展に寄与されました。また、組織委員長として、量子色力学に関する国際会議シリーズNew Frontiers in QCDを2010年、2013年に主催するなど、日本の原子核物理学の発展に尽くされました。学術誌編集委員としてProgress of Theoretical PhysicsおよびProgress of Theoretical and Experimental Physics誌の編集委員を務められています。

 大西先生は優れた指導者、良き教育者でもあり、北海道大学理学研究院および京都大学基礎物理学研究所在任中に多くの後進の育成につとめ、現在の原子核物理学研究の中枢を担う多くの研究者を指導し、また影響を与えてこられました。

 先生は常に研究に熱中する研究者であるのみならず、いつも明るく、同僚や学生の会話の中心におられました。2023年3月に闘病生活が始まってからも、厳しい体調の中オンライン会議に精力的に参加し、ご逝去の三日前まで未来への希望に溢れる発言を続けられました。まさに、現役の理論物理学者としての人生を全うされた方でした。

 先生の生き方に深く敬意を表し、ご冥福をお祈りいたします。