研究テーマ概要

研究分野の紹介(一般向け)

当研究室では、 数値計算AI技術を用いた 素粒子物理学の理論研究を行っています。 その中でも、クォーク(陽子や中性子の中にいる素粒子)とグルーオン(クォーク同士を結びつける力の担い手)の 振る舞いを解き明かすため、格子QCDと呼ばれる大規模シミュレーションを AI技術を応用しながらスーパーコンピュータ上で行っています。

例えば、原子核の中に閉じ込められているクォークが、宇宙初期や巨大加速器の中のような超高温状態では クォーク・グルーオン・プラズマと呼ばれる新たな状態になることが知られています。 当研究室では、このような極限状態で物質がどのように振る舞うのかを計算によって明らかにしようとしています。 理論的な計算と実験による観測をつなぐ計算物理学の手法を駆使し、 実験では直接調べにくい原子核内部の世界をシミュレーションすることで、物理法則の理解を深めています。

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数値計算で求めた原子核内部の基底状態(VisualizingLQCD.jl

格子QCD(Lattice QCD)とは、時空を格子状に離散化することでクォークやグルーオンを数値的に扱う手法です。 連続理論では扱いにくい強い相互作用を、離散格子上でモンテカルロ・シミュレーションを行うことで調べられるようになります。 これにより、陽子や中性子など複合粒子の性質や、クォーク・グルーオン・プラズマ状態などの相転移挙動を スーパーコンピュータ上で計算的に明らかにすることが可能です。

また近年、当研究室では 機械学習(AI)の技術も研究に積極的に取り入れています。 一見すると素粒子の理論とAIは無関係に思えますが、AIに用いられるニューラルネットワークなどの手法は 高度な数学と計算機科学に裏打ちされており、これを物理学の問題に応用できることが分かってきました。

実際に、コンピュータが出力する大量のシミュレーションデータに対して、人間の目では見つけにくいパターンや特徴をAIが自動的に学習し、 物質の相転移をニューラルネットワークが自ら検出することに成功しています。 例えば2次元モデルでの研究では、事前に何も教えなくてもネットワークが相転移の兆候を捉え、 臨界温度(相転移が起こる温度)を正確に特定できることが示されています。 このように物理学とAIを融合させた新しいアプローチにより、最先端の計算技術と理論物理学が互いに刺激し合いながら、 未解明の現象に挑んでいます。

研究テーマの詳細(学部生向け)

専門的には、「格子ゲージ理論を用いた素粒子論の数値計算」と 「機械学習技術の応用による計算手法の革新」の融合が研究テーマにあります。

従来、クォークやグルーオンが織りなす量子色力学(QCD)の世界では、結合が強いため通常の摂動論的な計算が困難で、 空間と時間を格子状に離散化する格子QCD手法によるシミュレーションが行われてきました。 例えば高温状態での軸性U(1)対称性の振る舞い(量子異常で壊れている対称性が高温で有効的に回復するか)を調べることで、 QCDの基本的性質や相図について計算機シミュレーションから貴重な知見を得ることができます。

しかし、格子QCDシミュレーションでは巨視的な自由度を持つ場の配位を扱うため、 マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)という確率的手法を用いるものの、その計算コストが非常に大きいことが課題です。 そこで当研究室では、機械学習を活用して計算手法の高度化を目指しています。 例えば、ニューラルネットワークにシミュレーションデータから物質の相(秩序)の違いを学習させることで、 事前の知識なしに相転移の有無を判定させる試みを行っています。 このときネットワークが新たな秩序変数の役割を果たし、臨界点を自動的に推定できることが確認されています。 さらに計算アルゴリズム自体にもAIを導入することで、シミュレーションの効率を飛躍的に向上させる研究が進んでいます。

Julia は、高速な数値計算性能と高い生産性を両立したプログラミング言語であり、 コンパイラ基盤にLLVMを用いたJIT(Just-In-Time)コンパイルを採用することで、CやFortranに匹敵する実行速度を実現しています。 一方でPythonやC++などの言語も併用しつつ、コードを簡潔かつ高水準に記述できるため、プログラム開発から高速実行までを 柔軟に行える点が大きな魅力です。さらに、多重ディスパッチと呼ばれる柔軟な関数メソッドの分配機能があることで、 汎用的かつ拡張しやすいプログラム設計を可能にします。 標準のパッケージ管理システムを活用すれば、MPIやGPU計算といった並列処理にも比較的容易に対応でき、 機械学習向けライブラリ(たとえばFlux.jlなど)が充実しているため、高性能計算とAI技術を組み合わせた 新しいアプローチもスムーズに導入できます。

当研究室では、格子ゲージ理論(格子QCD)を用いた大規模シミュレーションの基盤として、 LatticeQCD.jl(JuliaQCD) を開発・公開し、Juliaを積極的に利用しています。 従来の格子QCDシミュレーションコードはCやFortranなどで書かれることが多く、高速性を得られる半面、コードの保守や開発が複雑になりがちでした。 そこで当研究室では、このオープンソースのシミュレーションコードによって開発の負担を軽減しつつ高い性能を確保しています。 もちろんPythonやC++など他の言語も必要に応じて使用し、多様なツールチェーンを統合しながら最適な開発環境を整えています。 JuliaのJITコンパイルによって大規模計算を効率的に行えるだけでなく、多重ディスパッチを活かして複雑なアルゴリズムを見通しよく実装できるため、 新しい手法を試作する際にも柔軟に対応できるのが特長です。 標準でMPIなどの並列機能を利用できるため、ノートPCからスーパーコンピュータまで同一コードをシームレスにスケールさせることができます。 こうした利点を背景に、研究のスピード向上にも寄与しており、格子QCDに機械学習を組み合わせた最新の計算手法や 自己学習モンテカルロ法を導入する試みも活発に進められています。 オープンソースとして公開されているため、国内外の研究者・学生が自由に利用・改良し、共同研究を促進できる点も大きなメリットです。

配属を希望する学生へ

当研究室では、AI(機械学習)や数値計算素粒子物理スーパーコンピュータなどに興味を持つ学部生・大学院生を幅広く募集しています。 「物理の最先端を計算機上で探究してみたい」「AIを用いて新しい研究手法を開拓したい」 「JuliaやPython、C++、並列計算やニューラルネットなどの技術を身につけたい」など、 意欲的な学生を歓迎します。 数学を基礎として理論物理にもじっくり取り組みながら、ニューラルネットの数理的な仕組みにも踏み込み、 本質的な理解を深めることが可能です。新たなアイデアや手法を柔軟に取り入れながら、 一緒に最先端の研究に挑戦していきましょう。

著書の一覧については こちら をご覧ください。 また、富谷が取り組んでいる計算物理や機械学習、素粒子物理に関連した講義や講演の様子を YouTube でも紹介していますので、興味のある方はぜひご覧ください。

研究論文

詳しい研究成果については Inspire をご覧ください。