非平衡統計物理はまだ枠組が完成されていない未開の沃野である。平衡近傍の線形非平衡領域では、ゆらぎと散逸の関係を結びつける揺動散逸定理と、カレントの時間相関関数と輸送係数の関係を結ぶ線形応答理論が良く知られた強力な定理となっている。その線形非平衡理論は確たる成功を収めて来たが、線形領域を超えて非平衡現象の一般論を構築しようという流れは近年になってようやく盛んになってきている。例えば1993年に、考えている位相空間での粒子軌道と時間反転した逆軌道の間の実現確率の比とエントロピー生成率を結びつけた「ゆらぎの定理」が提案され、1997年にはジャロチンスキー(Jarzynski)によって非平衡仕事と自由エネルギー差の間に成り立つ等式が発見された。このゆらぎの定理の線形極限では線形応答理論と輸送係数間の対称性を表すオンサーガー(Onsager)の相反定理を回復するものになっている。またジャロチンスキーの等式の線形極限は熱力学第二法則の一表現を回復している。更に応答関数と相関関数の間の揺動散逸定理の破れを一般的に表現した関係式も注目されている。これらの一般論が典型的な非平衡相転移であるガラス転移や粉体のジャミング転移等では必要とされていると期待される。また実験技術の進展に伴い従来の物性分野の現象だけではなく最近のハドロン・コライダーの実験に伴う急激な熱化や非平衡現象がホットな話題になっている原子核から、惑星形成や重力多体系の統計が問題になる宇宙物理、地震現象や火山現象、地形の数理といった複雑な多体系である地球科学、微小生物や生物機械の運動や熱効率、遺伝情報の発現の統計を扱う生物物理、化学、工学の諸分野から為替変動の予測等の経済学に及ぶ幅広い分野で非平衡統計力学の概念が使われ同時にその基礎分野の発展が強く求められるというフィードバックがかかっている。 これらの諸分野でのホットな応用例に一般的な枠組を与えると期待できるのはまさに当研究室の研究している非平衡統計物理学である。そのフロンティアを切り拓く若い力の参入を求めています。