湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞

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第20回 木村利栄理論物理学賞 受賞者紹介

 この度、2026年度(第20回)湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の受賞者を初田泰之氏(立教大学理学部・准教授)に決定しました。

初田 泰之 准教授(立教大学理学部)

授賞研究課題 「量子曲線による位相的弦理論とブラックホール準固有振動の研究」

授賞理由

弦理論や場の量子論における強結合領域の理解には非摂動的な解析が不可欠であるが、それを具体的に実行するのは一般に大変難しい問題である。 これに対して、超対称がある場合には、局所化の方法を用いて分配関数などを有限次元の積分に帰着させることによって、摂動論を超えた厳密な解析が行えることがある。 その代表例として、4次元の N=2 超対称ゲージ理論や ABJM 理論と呼ばれる 3次元の N=6 超対称ゲージ理論の分配関数の計算が挙げられる。 ABJM 理論は M理論における基本的な自由度であるM2ブレインと呼ばれる膜状の物体が多数存在する系を記述する理論であり、M理論や AdS/CFT 対応の理解にも 重要な示唆を与えることなどから注目され、活発に研究されている。初田氏はこの分野において極めて顕著な業績を挙げてこられた研究者である。 その中でも特筆すべき研究として、以下の3つが挙げられる。

論文[1]では Marcos Mariño 氏、森山翔文氏、奥山和美氏と共同で、ABJM 理論の分配関数に現れる非摂動効果を精密に解析し、 弦理論を摂動論の枠を越えて理解するための重要な道筋を示した。特にM理論における膜インスタントンの寄与が、あるカラビ・ヤウ多様体上の精密化された位相的弦理論 (refined topological string) の特別な極限によって記述できることを示した。この成果は、通常の位相的弦理論では捉えることが難しかった非摂動的構造を具体的に示した点で高く評価される。 さらに、本研究はABJM理論のフェルミ気体法、量子周期、位相的弦理論を結びつける流れを大きく進展させ、その後の量子ミラー曲線のスペクトル問題の研究の重要な基礎となった。

論文[2]では Alba Grassi 氏と Marcos Mariño 氏と共同で、上記の業績[1]で得られた知見を、より一般の量子力学的スペクトル問題へ発展させた。本研究では、トーリック・カラビ・ヤウ多様体の ミラー曲線を量子化して得られる演算子に対して定義されるスペクトル行列式と位相的弦理論の自由エネルギーとの間の精密な関係を提案し、それによって位相的弦理論を非摂動的に定式化する方法を 提示した。この研究は、従来は摂動展開として理解されていた位相的弦理論を、量子力学的スペクトル問題という明確な数学的対象と結びつけた点で画期的である。本研究はその後、TS/ST 対応 (topological string/spectral theory correspondence) と呼ばれる研究分野の中心的論文となり、物理学・数学の両分野において大きな波及効果をもたらした。

論文 [3] は Gleb Aminov 氏や Alba Grassi 氏と共同で、量子力学と幾何学を結ぶ上記の研究の流れを、ブラックホール準固有振動という物理的に重要な問題へ応用した極めて独創的な研究である。 準固有振動は、重力波観測におけるリングダウンを特徴づける基本量であり、その正確な解析はブラックホール物理において大変重要である。初田氏らはブラックホール周りの摂動方程式が、 適切な変数変換によって、4次元のN=2超対称ゲージ理論に付随するサイバーグ・ウィッテン曲線を量子化して得られる量子曲線を記述する方程式に帰着されることに着目し、ゲージ理論の 分配関数を用いた厳密な量子化条件によって準固有振動数を解析する方法を提案した。これによって、従来の WKB 法や数値計算とは全く異なる新たな解析法が得られ、いくつかの具体例において 既知の数値結果を高精度で再現することも示されている。本研究は、ブラックホール準固有振動を、Heun 型微分方程式、完全 WKB 解析、超対称ゲージ理論などの観点から研究する流れを大きく発展させた 重要な成果として評価できる。

初田氏はこれらの他にも重要な研究を多数行っており、今後も当該分野を牽引する活躍が期待される研究者である。以上の理由から、初田氏は木村利栄理論物理学賞の受賞にふさわしい研究者であると判断した。

  • [1] Y. Hatsuda, M. Mariño, S. Moriyama and K. Okuyama, "Non-perturbative effects and the refined topological string," JHEP 09 (2014) 168.
  • [2] A. Grassi, Y. Hatsuda and M. Mariño, "Topological Strings from Quantum Mechanics," Ann. Henri Poincaré 17 (2016) 3177-3235.
  • [3] G. Aminov, A. Grassi and Y. Hatsuda, "Black Hole Quasinormal Modes and Seiberg–Witten Theory," Ann. Henri Poincaré 23 (2022) 1951-1977.

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