パンノニア平原(≒ドナウ川の中流にひろがるカルパチア盆地(Carpathian Basin))の歴史。ローマ属州の時代からハンガリーまで。
ローマ帝国侵攻 BC33~
BC33年ごろローマ帝国が侵攻し西北にある属州イリュリクムの一部とされた。
属州パンノニア
ゲルマン民族大移動 4C~
- 4世紀後半からゲルマン民族の大移動が始まり380年東ゴート人とヴァンダル人がパンノニアに移住した。
- 395年ローマ帝国が東西に分裂するとパンノニアは東ローマ帝国領となった。
- その後アジア系のフン人がダキア(現ルーマニア)を拠点にヨーロッパ各地に侵入を繰り返すとローマ帝国はパンノニアをフン人に割譲した。445年アッティラによってフン帝国として統一されると強大となり、黒海、ライン河畔、ドナウ南岸、トラキア(バルカン半島東部)の地を支配下に収めた。その後もヨーロッパへの侵入を続けたが、451年のカタラウヌムの戦いで敗れるとアッティラはまもなく急死しその後フン帝国は急速に衰えた。
- フン帝国瓦解後間もなく東ゴート人がフン人の支配から独立したが489年イタリアに移動した。その後間もなくランゴバルド人が移住したが、彼らもまたイタリアへと移住していった。
ハンガリー Hungary
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