Daisuke YAMAUCHI

宇宙論・重力理論

「宇宙論」とは...

「宇宙論」とは、入れ物としての時空と中身である天体を合わせた全体として、宇宙の性質を研究する学問分野です。 たとえば、「宇宙はどうやって生まれたのか」「宇宙の歴史や未来はどうなるのか」「宇宙が何からできているのか」「宇宙はどこまで拡がっているのか」といった問いに科学的に答えを与えることを目的とします。

宇宙138億年の歴史

ルメートル(1927年)とハッブル(1929年)によって宇宙が膨張していることが発見されたことを起点として、20世紀の宇宙論は劇的な進歩を遂げました。 現代的な宇宙論では、アインシュタインが提唱して「一般相対性理論」を基盤として宇宙を記述します。 宇宙は約138億年前に誕生した後に、指数関数的な膨張期(インフレーション)、灼熱の火の玉状態(ビッグバン)を経て、その後も膨張を続けていることが明らかとなってきています。 特に、近年の宇宙観測技術の大きな進展に伴って、標準的な宇宙論模型が確立し、宇宙138億年の通史を理解できるようになってきたと言えます。

一般相対性理論と重力理論

アインシュタインが提唱したことで知られる「一般相対性理論」は、重力を記述する物理理論の1つです。 現在までに、すべての物理現象が一般相対性理論と矛盾しておらず、広いスケールにわたって十分よい精度で現象を記述できると考えられています。 しかし、これは一般相対性理論が完全に正しい理論であることを意味しません。 実際、最先端の宇宙論的観測によると、宇宙が加速度的に膨張しているという驚くべき結果が報告されていますが、これは「一般相対性理論のほころび」ではないかという議論が世界中で巻き起こっています。

研究について

一般相対性理論のほころびから迫る宇宙の加速膨張

宇宙誕生直後および現在の2つの全く異なる時期に、宇宙が加速度的に膨張しているという驚くべき結果が最新の宇宙観測から強く示唆されています。 しかし、この事実は重力が引力だという性質と相容れない事実です。 この機構についての理解は途上にあり、宇宙論、 素粒子論から天文学にまたがる現代物理学の最重要課題の1つです。

宇宙誕生直後に加速膨張期があったとするインフレーション理論は、直接的な証拠は未だないものの、複数の傍証が得られており、実際に起こったものと考えられています。 興味深い事実として、最新の観測によって最も支持されている模型は、一般相対性理論を修正した模型である点が挙げられます。 これは、宇宙のごく初期において一般相対性理論のほころびが見えている可能性を示唆しています。現在の宇宙もまた加速膨張していることが様々な観測から強く支持されています。 この観測事実を説明するには、「暗黒エネルギー」と呼ばれる「宇宙を加速させる何か」が必要となりますが、その正体は全く不明です。 暗黒エネルギーの正体を示す証拠は宇宙論的な距離での観測から得られていますが、そのようなスケールでの一般相対性理論の検証は不十分です。 すなわち、現在の宇宙の加速膨張も一般相対性理論のほころびの重要なヒントだと考えられます。

一方で、現在、多波長広域宇宙論サーベイが実施・計画されており、世界最高精度の大統計の宇宙論データが得られる状況が目の前に迫っています。 ここで強調すべきなのは、大統計の宇宙論データを用いた重力理論の検証は1つの大きなテーマとなっていますが、観測データと最先端の理論を直接結びつける体制は十分であるとは言い難い状況にある点です。 山内は、超精密観測時代の到来を前にして、最先端の重力理論モデルを即時検証する体制の構築を目指し、多様な重力理論を観測から検証するための研究を行ってきました。 それらの結果を踏まえ、最近、複数の国内の研究者と共同で、網羅的なレビューを執筆しました [arXiv, PTEP, JPS Hot Topics]。

電波望遠鏡で拓く暗黒宇宙

宇宙の大きな謎に迫るためには、真に新しい情報にアクセスすることが必須になります。 山内は、宇宙の最初期の情報が保存されている「暗黒時代」(宇宙年齢:40万年~1億年)「宇宙の夜明け」(宇宙年齢:1億年~数億年)の観測がカギになると考えています。 これらの時代は星や銀河のような光を放つ天体がないため、観測手段に乏しく、未だに人類はこれらの時代にアクセスすることは出来ていません。 人類未踏の時代を探査することの出来るほとんど唯一の手段は、中性水素の超微細構造遷移に伴う電波(21cm線と呼ばれます)です。 山内は、21cm線を観測量とする2つの電波望遠鏡計画「Square Kilometre Array(SKA)天文台」と「月面天文台」に着目し、最先端の理論研究と組み合わせることで、宇宙の謎に迫っていきます。

SKA天文台は、地球最大規模の電波望遠鏡群であり、これまでにない圧倒的な高視野・高感度・広帯域を持つことで、電波波長域における宇宙論というこれまでにない分野を開拓し、2020/2030年代の宇宙論研究の一翼を担います。 特に、「宇宙の夜明け」に届き得る観測計画として、重要な地位を占めます。 山内は7年間にわたり日本SKAコンソーシアム科学検討班の宇宙論部門のリーダーとして、日本国内のとりまとめを行ってきました [総説1, 総説2, 総説3]。 また、山内は2021年度より、JAXAが推進する「月面の科学フィジビリティスタディ:月面からの宇宙物理観測チーム」に選抜され、 月面に設置したアンテナ群(月面天文台)を用いた究極の電波宇宙論観測に関して理論面の検討を中心となって進めています。 月面、特に月の裏面は電波観測にとって最良の観測地だと考えられ、これまでもいくつかの観測計画が提案されており、 本研究課題では、宇宙の裏側からの宇宙観測、そしてそこから得られる宇宙論を検証していきます。

宇宙の相転移と宇宙ひも(位相欠陥)

宇宙ひもとは、素粒子模型に含まれる対称性が自発的に破れることで生成されるひも状の位相欠陥のことです。 宇宙初期に起こったとされる相転移によって生成した可能性があり、宇宙の相転移の直接的な証拠になります。 銀河や銀河団といった宇宙の大規模構造の種を与えることが出来ることから、長い間インフレーションモデルによる 密度ゆらぎ生成論に対する対抗馬と位置付けられてきました。 現代宇宙論の文脈においては、宇宙ひもはその生成機構から素粒子模型やインフレーション模型と密接に関連していることから、 背後にある超高エネルギー物理現象のプローブとして扱われます。 観測的には、宇宙ひもはその強い重力により、もし存在した場合には、宇宙大規模構造、宇宙マイクロ波放射、重力波、重力レンズ現象 といった様々な観測量にその痕跡を残すと期待されます。 しかし、理論的な理解は十分とは言えない状況にあります。 特に、宇宙ひもの衝突やループからのエネルギー放出、ネットワークの時間進化といった観測量に関連する諸過程の理解はいまだ発展途上であり、様々な素粒子模型で想定される多様な宇宙ひも模型のそれぞれにおける振る舞いを俯瞰的に理解することが 求められています。

量子的遷移による宇宙生成

宇宙最初期にはインフレーションと呼ばれる指数関数的加速膨張期が存在したことが様々な観測から強く示唆されています。 これまでにインフレーション模型は非常に多数提案されていますが、 その多くの模型において、永久インフレーションと呼ばれる現象が起こることが知られています。 永久インフレーションにおいては、宇宙全体では指数関数的に膨張しつつ、局所的には偽真空状態を無数に生成します。 この描像では、偽真空の間には絶えず量子的遷移が起こっており、我々の宇宙は多くの量子的遷移の末に 真空のランドスケープの谷に辿り着いた偶然の産物であることを主張します。 多くの素粒子模型においても同様の量子的遷移が表れることが指摘されており、このような(一見不思議な)描像が、 非常に多くのクラスで実現しているものと期待されます。 さらに近年では超弦理論と組み合わせることにより、異なる物理法則を持つ莫大な種類 (10の500乗種類)の小宇宙が同時に存在することが予言されています。 この描像を特にストリングランドスケープ描像と呼びます。 この描像はある種の思考実験のようなものであり、観測から峻別することは困難のようにも思われます。 しかし、偽真空のゆらぎの情報が我々の真空泡に漏れこんでくることから、これを探ることで観測的に峻別することが可能となります。