ドイツの歴史。
古代ローマ時代の地名で、ライン以西ドナウ以北の地の地域。現在のドイツ、ポーランド、チェコ、スロバキア、デンマークを含めた地域。
ガリア遠征を行ったカエサルから侵攻を受け、一部のゲルマニア地域が制圧された。
古代ローマの歴史家タキトゥスの著作。ゲルマニアの風土やゲルマン人の社会生活について記されているとされるが、記述の不偏性、正確性については審議が必要とされている。
オランダや北ドイツ低地で形成されたゲルマン系の部族。
アジア系騎馬遊牧民のフン人に圧迫されて生じたとも、ゲルマン人の新農地獲得のための移動で生じたともされ、この間サクソン人の一部はアングル人などと共にブリテン島に移動しアングロ・サクソン人としてイングランド王国を形成した。
悪竜を退治しその返り血によって背中の一か所を残し不死身となったジークフリートが死ぬまでの物語とフン族の王アッチェラによるブルグント族の絶滅の二部構成から成る英雄叙事詩。
シャルルマーニュがゲルマニアに侵攻しこの地域を平定した。
シャルル大帝の子ルートヴィヒ1世(敬虔王)の他界に伴い、支配地域がヴェルダン協定・メルセン協定によって分割相続され東フランクは独立した地域となった。
ドイツ王国初代の国王は選挙によってフランク人のコンラート1世が即位した。919年コンラートが没すると指名を受けたザクセン家のハインリヒ1世が諸侯から王に選出され、フランク人の王統が途絶えザクセン朝が始まった。
ハインリヒ1世の子オットー1世はレヒフェルトの戦いでマジャール人を撃退した功績によって名声を高めると、時のローマ教皇からサン・ピエトロ大聖堂においてローマ帝国皇帝の冠を授けられた。カール大帝以来ヴェルダン協定・メルセン協定後フランク王国の分裂により空位となっていたローマ帝位が確立し、神聖ローマ帝国となる国家が成立した。
初めは単に「(ローマ)帝国」呼ばれていたが、1157年フリードリヒ1世が「神聖帝国」の国号を使った後、1256年に始まる大空位時代から「神聖ローマ帝国」の称号が使われるようになった。
主要参考文献・サイト ⇧ top ⇧
教材工房『世界史の窓』 | 『ドイツの歴史』 |
東京書籍、実教出版 | 『世界史B』 |
ミネルヴァ書房 | 『西洋の歴史』 |