学術創成研究「超弦理論と宇宙の創成」

平成19年度--平成23年度

研究代表者

江口 徹(京都大学基礎物理学研究所)

研究分担者

ポスドク研究員

研究目標

 日本には湯川・朝永の素粒子論の伝統があり2007年は湯川生誕100年に当たっている。素粒子を記述する場の量子論には発散の困難があったがこれを解決したのが朝永博士の繰り込み理論である。その後、素粒子実験の進展とともに豊富な素粒子世界が明らかになり、南部博士らにより素粒子は点でなく紐であると考える弦理論が提案された。一方宇宙がどのようにして生まれたかという疑問に答えるためには量子論的な重力理論が必要であるが、素粒子を点とみなす通常の重力理論は繰り込み理論で処理できない発散の困難を持ちこの課題に答えることができない。しかし弦理論は数学的に整合的で発散の無い重力の量子論的な取り扱いを与える。このため宇宙の始まりこそは弦理論でなければ説明できない問題ということができる。


 ここ10年ほど超弦理論には著しい進展があり、特にブレーンとよばれる4次元に広がった媒質が存在して我々は10次元の空間の中で4次元時空に閉じ込められて存在している可能性が出てきた。このような新しい時空像により、宇宙初期に関する新しい描像が生まれつつある。弦理論の新しい発展は宇宙初期の理論に現在大きな影響を与えつつあるが、日本では今まで弦理論と宇宙論の研究者の交流が限られていた。日本の研究が世界的をリードしていくためにも、出来るだけ早くこうした分野の研究を組織的に推進する必要がある。そのために、一流の超弦理論研究者と宇宙論研究者の元に、若い優秀な研究者を集め、超弦理論と宇宙のはじまりについて集中的かつ組織的に研究を行い、世界をリードする新しい分野を創成することを提案する。

 最近10数年ほどの超弦理論の進展には目覚しいものがある。まず、従来異なる理論と考えられて5つのバージョンの超弦理論が双対性と呼ばれる方法を通じて実は同一の理論を別の側面から見ていたものに過ぎないことが明らかにされた。現在ではこれら5種類の理論の背後にあるより基本的な理論、M理論の存在が強く示唆されている。また、次に重要な発見は、さまざまな次元の空間に広がるDブレーンの存在である。ブレーンは弦理論のソリトンとも考えられるものであるが、Dpブレーンは10次元時空のなかで空間p次元の超平面にそって広がる媒質で、単位体積あたり一定の張力や電荷を帯びている。ブレーンには開いた弦の端点が付くことが出来るため、ブレーン上に束縛されたゲージ理論が現れる。p=3の場合、D3ブレーンはちょうど時空4次元空間を張るため、我々の住む世界が10次元空間のなかのD3ブレーンである可能性がある。これをブレーンワールドとよぶ。D3ブレーン上には局在したゲージ場があるため、それらを用いて素粒子の統一ゲージ理論を構成する試みが行われている。


STAR実験 @RHIC

 中でも現在最も活発な研究が行われているのが、ゲージ・重力対応と呼ばれるもので、典型的な場合、5次元の反ド・ジッター(AdS)空間上の重力理論とその境界のミンコフスキー空間上にあるN=4超対称ゲージ理論の間の双対関係である。この場合重要なのは、ゲージ理論の強結合領域が重力理論の弱結合領域に対応するため、通常解析が困難な強結合ゲージ理論の問題を重力理論の問題にマップして調べることが出来ることである。ゲージ・重力対応の最近の驚くべき応用はRHIC(米国ブルックヘブン研究所の重イオン衝突器)で発見された、強結合クオーク・グルーオンプラズマの振る舞いを重力双対から説明する試みで、プラズマのずれ粘性の値が小さいことがAdS空間中のブラックホールのサイズとその散乱断面積の値を用いて見事に説明された。


WMAP観測データ

 また更に重要なものに宇宙論との融合がある。最近のWMAPの観測は、宇宙初期に宇宙のサイズが指数関数的に膨張した時期があるとするインフレーション模型の予言と極めてよい一致を示している。インフレーション模型はインフラトンとよばれるスカラー場の存在を仮定し、インフラトンが特定の形のポテンシャルの中を運動することにより指数関数的膨張を説明する。現在こうしたスカラー場の存在とポテンシャルを弦理論から自然に導くことが大きな課題となっており、このためブレーンを用いたさまざまな宇宙創成のモデルが提案されている。しかしこれらブレーン・インフレーション模型はいずれもまだ不完全で満足できるものはなく多くの解決すべき課題が残されている。 この研究では従来限られていた日本における超弦理論と宇宙論の研究者の交流を大いに活性化し、宇宙の創成、ブラックホールなどに関する新しい研究の展開を切り開くことを目標とする。


過去の研究会

研究会 第一回 超弦理論と宇宙
研究会 第二回 超弦理論と宇宙
研究会 第三回 超弦理論と宇宙
研究会 第四回 超弦理論と宇宙
研究会 第五回 超弦理論と宇宙
基研研究会 高次元Black Hole研究最前線
Summer Institute 2008
Summer Institute 2009(宇宙・素粒子論)
Summer Institute 2010(Cosmology & String)
Summer Institute 2011(宇宙・素粒子論)
基研弦理論セミナーシリーズ
Recent Advances in Gauge Theories and CFTs

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秘書

沼田篤子
京都大学基礎物理学研究所
tel:075-753-7006
fax:075-753-7038
e-mail:numata_AT_yukawa.kyoto-u.ac.jp