従来、物理学では時間と空間と物質を基本的構成要素として自然法則を説明してきました。
しかし、自然界における極限的な状況(これを本領域では極限宇宙と呼びます)では、対象となる物理系が持つ強い量子性のために、空間・時間・物質の自由度自体が強く揺らぎ、既存の物理学の理論体系では困難に直面してしまいます。この極限宇宙とは、自然界における次の3つの極限(空間の極限、時間の極限、物質の極限)を意味します。
1 ブラックホールの量子論 [空間の極限]
2 宇宙創成のメカニズム [時間の極限]
3 量子物質のダイナミクス [物質の極限]
しかし、21世紀に入り、「量子情報」分野が勃興すると、その新しい物事の捉え方が物理学へダイナミックな変革をもたらし始めました。量子情報とは、次世代の主要技術と期待される量子計算や量子通信を基礎づけ、ミクロな世界における情報の最小単位「量子ビット」とその間の相関を意味する「量子エンタングルメント(量子もつれ)」の理解と系統的制御法を提供する新しい考え方です。この「情報の極限」とも言える量子ビットが担う情報を自然界の基本的構成要素とみなすことで、時間・空間・物質の立場で捉えていた従来の描像を脱し、究極の物理法則を構築できると期待されます。
超弦理論の分野で発見されたゲージ重力対応は、重力理論を量子物質の理論に等価に結びつけます(AdS/CFT対応、マルダセナ双対性と呼ばれます)。さらに、この対応において、量子エンタングルメントの大きさを測る量であるエンタングルメント・エントロピーは、重力理論のおける曲面の面積に等しくなります(笠-高柳公式と呼ばれます)。このことから、重力理論の宇宙は量子情報の無数の集積とみなせるという予想が生まれ、世界中で注目されております。一方、このような量子情報の集積はテンソルネットワークとよばれる量子物質の高精度な数値解析手法を与えます。そこで本領域では、量子情報と物理学(素粒子・物性・宇宙)を融合させ、極限宇宙の解明を目指します。
極限宇宙の3つの問題で、対象となるスケールはそれぞれ大きく異なりますが、量子情報の視点に立つと全て量子ビットの集合体として物理法則が統一的に理解できると期待されます。物理学は、ウロボロスの蛇に例えられるように、様々なスケールに対応する個々の分野から構成されております。本領域では、このドーナツ型(トーラス型)の縦割り型的な従来の物理学の構造を、量子情報との融合によって、球体型の新しい物理学へとトポロジーを変化させることで、極限宇宙の問題に迫ります。
本領域の計画研究の構成
本領域は9つの計画研究から下の図のように構成され、その研究目標から大きくA,B,C,Dのグループに分かれます:
- Aグループ(計画研究A01): 物理学に活用する量子情報理論の基礎的研究
- Bグループ(計画研究B01,B02,B03): ブラックホールの量子論(量子ブラックホール)
- Cグループ(計画研究C01,C02,C03): 宇宙創成のダイナミクス(量子宇宙)
- Dグループ(計画研究D01,D02): 量子物質のダイナミクス
また、B,C,Dのグループでは、素粒子論(01)、物性物理(02)、宇宙論(03)からのアプローチを担当する計画研究に細分化されます。このように、本領域では、縦糸(従来の研究分野のつながり)と横糸(共通の研究目標)の両方がうまく絡むことで分野融合を促進し、ブレークスルーを起こすことを狙います。また、理論的な研究のみならず、比較的なコンパクトな装置を用いる冷却原子(B02)や量子ホール効果(C02)の物性実験を通じて、ブラックホールや宇宙創成を模した実験検証を行うことも本領域の特徴です。そして、2022年度から始まる公募研究による相補的な研究プロジェクトが加わることで、量子情報と物理学の異分野融合研究を発展させていきます。